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案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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多治速比売神社(その十六)

垂仁天皇の死を嘆き悲しみ、後を追ってタジマモリは亡くなりましたが、「ホツマツタヱ」が伝えたかったその後の経緯、すなわち前掲の文(アヤ)の大意は次のようなものだったのでしょう。

「実はタジマモリは遺書を東宮(後の景行天皇)に残していました。
皇子(みこ)はこの文をご覧になって、「橘君(カグキミ)の娘ハナタチバナ姫は、彼(タジマモリ)の妻である。

早速、オシヤマスクネを彼の地に向かわせ、タチバナモトヒコ(橘元彦)親子を京に呼び寄せよ」とお申しつけになりました。

やがて、父モトヒコと共に娘のハナタチバナ姫が京へ上ってきました。

皇子(みこ)は大変喜ばれて父子を迎えると、モトヒコに御依(みは)を賜わり、タジマモリの喪を勤めさせられました。

五月(サツキ)の末に、ハナタチバナ姫が産んだ女児に君は、「故人(ムカシノヒト)の魂(たま)の緒(お)を止めているので、オトタチバナ姫と名付けよう」と仰り、名付け親となられました。

ハナタチバナ姫には、生前のタジマモリに似ているオシヤマに母子共に嫁がせて、深き恵みを垂れ給いました。

これが、深いゆかり(エミシ)の前例(ためし)となりました。」
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  1. 2013/03/07(木) 19:27:08|
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