案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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多治速比売神社(その八)

さて、本題に戻りましょう。

弟橘媛の入水により、海神の怒りも収まったのでしょう。

暴風は止み、尊の船は無事、岸に着くことができました。

そのため、人々はその海のことを「馳水」と呼ぶようになりました。

「暴風卽止。船得著岸。故時人號其海、曰馳水也。」

日本書紀には、このような淡々とした記述が残るばかりですが、古事記の方はもう少しドラマチックな描写が施されています。

弟橘媛は海に身を投じる際に、「佐泥佐斯 佐賀牟能袁怒邇 毛由流肥能 本那迦邇多知弖 斗比斯岐美波母」と詠んだとされています。

さねさし 相武(さがむ)の小野に 燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも
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  1. 2013/03/01(金) 01:32:17|
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