案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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陶荒田神社(その三十)

ところで、この社は現在、火雷神社(ホノイカヅチ)と称していますが、九条家本や金剛寺本の延喜式では、社名は「大電神社」とあり、「イナヒカリノ」と読ませています。
 
確かに、「火」と「大」,「雷」と「電」は、誤写しやすい文字です。

しかし、2字とも誤写されるのも珍しい例といえます。

なお、「国史大系」では「火電神社」と記し、「いなひかり」と読みが振られているようです。

これに従ったのでしょうか、大阪府神社史資料(1933)でも「火電神社」とされているようです。

江戸前期ごろから、当社は「愛宕地蔵権現」・「愛宕大権現」と呼ばれていたといいますから、この頃、愛宕信仰が持ち込まれたものと考えられます。

愛宕信仰は、火伏せ・防火信仰が中心ですし、京都愛宕神社には「雷神」もお祀りしてありますから、すでにこの時期の当社は「火雷神社」と呼ばれていたのではないでしょうか。

それにしても、社名がはっきりしないというのも、面白い(失礼)お社です。
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  1. 2013/02/25(月) 05:37:21|
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