案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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陶荒田神社(その二十六)

江戸時代中期の真言宗の僧である契沖は、自著「万葉代匠記」(精選本)の中で、「今按、弓ノ末ヲ腹ト云故ニ梓弓腹野トツツクヘキヲ、文字ノ足ラネハ末之腹野トハ云ヘル歟。此野何レノ国ニアリト云事知ラス」と記しているようです。

契沖といえば、和泉国久井村や池田郷万町村に縁のある方ですから、やはり「此野和泉国陶邑辺ニアリト云フ」とやって欲しかったです。

もちろん、これは冗談です。

それはさておき、土屋文明著「万葉集私注」では、「スエは陶器製造地に呼ばれるので、諸国に多い。」とあります。

確かにそのとおりでしょうが、数多の「スエ」のうち、わが国最古で最大の生産地であったのは疑いもなく和泉国茅渟県陶邑です。

しかも、この地で焼かれた須恵器は、難波宮跡や平城京跡からも発掘されているそうです。

そうなると、「末之腹野」の第一候補は、和泉の陶邑だと考えざるをえなくなります。
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  1. 2013/02/23(土) 02:24:13|
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