案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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陶荒田神社(その八)

大意は、
 「崇神天皇六年、百姓の流離するもの、或いは反逆するものもあり、その勢いは徳を以て治めようとしても難しかった。

そこで、天皇は、朝夕天神地祇にお祈りを捧げた。

これより先、天照大神・倭大国魂の二神を、天皇の大殿の内にお祀りした。

ところが、その神の勢いを畏れ、共に住むには不安が生じた。

つまり、宮中に天照大神と倭大国魂の二神を祭っていたが、天皇は二神の神威の強さを畏れ、宮の外で祀ることにした。

そこで、天照大神を豊鍬入姫命に託し、大和の笠縫邑に祀った。よって堅固な石の神籬(神の降臨される場所)を造った。

また日本大国魂神は、渟名城入姫命に預けて祀られた。

ところが渟名城入姫命は、髪が落ち体が痩せてお祀りすることができなかった。」ということです。

豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)は、崇神天皇の皇女で、母は紀国造荒河戸畔(あらかわとべ)の娘です。

渟名城入姫命(ぬなきいりひめのみこと)も、崇神天皇の皇女で、母は尾張の大海媛です。
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  1. 2013/02/09(土) 00:19:27|
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