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案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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高倉寺宝積院(その十三)

「巨(こ)勢(せの)金岡(かなをか)が画(ゑかき)し佛像(ぶつざう)の一軸(ぢく)あり」

これも、和泉名所図会の記載です。

では、巨勢金岡とはどのような人物なのでしょうか。

美術人名辞典によると、「平安前期の画家。巨勢派の開祖。姓は紀。中納言野足の子。もと難波氏、初釆女正に任じられ、清和・陽成・光孝・宇多及び醍醐の王朝に仕えて官大納言に至る。仏像画を多く描いた。晩年は剃髪して仁和寺に閑居した。延喜年間歿したと伝えられる」とあります。

著名な人物の割には、生没年すら未詳です。

彼は、絵の才能を朝廷に認められ、宮廷画家として活躍しましたが、残念なことにその作品が現存していません。

彼が住んでいたといわれる現在の堺市北区金岡町には、彼を祀った金岡神社があります。

北区の金岡町から南区の高倉台といえば、わずかな距離で隔てられているだけです。

高倉寺に金村の一軸があったとしても、何の不思議もありません。

仏像画をよくしたという金村の作品が、高倉寺に未だ残っているのであれば、こんな凄いことはありませんよね。
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  1. 2013/01/29(火) 06:41:48|
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