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案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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高倉寺宝積院(その八)

「和泉名所図会」に少々興味がひかれる一文が載っています。
「水天尊(すいてんそん)の影像(ゑいざう)あり。弘法(こうばう)大師の真筆(しんひつ)也。正平年中大旱(かん)あり。勅(みことのり)あつて、請(しやう)雨(う)の法(はう)を十七ケ日、此尊像(そんざう)に修(しゆ)行(ぎやう)ありければ、忽(たちまち)、膏(かう)雨(う)頻(しきり)に降て、百(ひやく)姓(せい)太平(たいへい)を誦(うた)ふ。」

正平とは、南朝方が用いた元号です。

1346年から1369年までの期間を指します。

正平年中に、この地方は大旱魃に見舞われたという記事ですが、さて、それは何時のことだったのでしょうか。

ところで、妙顕寺の僧大覚が、延文3年(1358) 後光厳天皇の命により、雨乞いの祈祷を行い、効験が現れたという記録が残っています。

延文3年とは、正平13年に当たります。

南朝方は、後村上天皇の御世です。

京都で日照りが続いたとあれば、和泉国も大旱に悩まされたとしても不思議はありません。

後村上天皇の勅命により、高倉寺の僧が、空海真筆の「水天尊」の尊像を前にして、一心不乱に雨乞いの修行をしている姿がありありと目に浮かぶような気がします。

17日に及ぶ修行の甲斐あって、沛然として驟雨が来ったというわけです。

まさに、恵みの雨の到来です。

ちなみに、水天尊とは、密教 十二天のひとつである水の神様です。

それにしても、この「和泉名所図会」、水天尊(すいてんそん)の影像(ゑいざう)あり。弘法(こうばう)大師の真筆(しんひつ)也、と言い切っているところが凄い。

大した自信です。
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  1. 2013/01/25(金) 01:24:47|
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