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案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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聖神社(その四百七十八)

我十七歳の春の頃、花園山(はなそのやま)に立出でて、管絃をなして遊びしに、自らは琴の役にて、その目の爪音何時(つまおといつ)に勝れていみじかりしを、自ら心に思ひけるは、恐らくは日の本に、双ぶ方もあるまじな。
今日の爪音誰か勝らじと高慢せり。その折神風(かみかぜ)ざつと吹き来り、そのまま天狗に誘(さそ)はれ、斯かる内裏に参りつつ、昨日今日とは思ひしかども、年月(としつき)を数ふれば、七千余年になるぞかし。
この年月を送りても、事にし楽しみ候はねども、一つの喜びには、死して冥途に在(おは)します二人の親に、月に一度も亦は二度三度(ふたたびみたび)も拝み申す。
是ぞ一つの楽しみなり。若君も二歳の御年、父に後れさせ給ひぬれば、さこそ恋しく思(おぼ)すらん。我が夫(つま)の大天狗は、一百三十六地獄、又は九品(くほん)の浄土にも、日々(ひび)に飛行(ひぎやう)し給ふなり。
御身の父義朝は、九品(くほん)の浄土に大日(だいにち)にそなはりて在(おは)します。
構へて自らが申すとは仰せ候はずとも、大天狗を理(わり)なく頼ませ給ひなば、終(つひ)には逢はせ申さるべし」と、受け喜ばせ、打解け顔(かほ)に語りけれは、源斜(なのめ)思召し、「さはありながら不思議さよ」とぞ仰せける。
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  1. 2014/10/23(木) 07:25:23|
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