案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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聖神社(その四百九十四)

さらに、【万法一如】とは、三省堂 大辞林によれば、〘仏〙 あらゆる存在はさまざまな現れ方をしていても,空であるがゆえに一体であるということだそうです。
現象は雑多であるが、本源は空であるがゆえに、それは単に一体のものであるという意味でしょう。
牛若はあらゆる公案に通じて、万法一如の境地に達していたのでしょうか。
そうであれば、仏に二仏はなく、法に二法があるはずはありません。
鉄壁に囲まれて、自らと対話ができても不思議ではありません。
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  1. 2014/10/31(金) 14:50:58|
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聖神社(その四百九十三)

何とも小難しい理屈(?)を垂れる可愛げのない小僧です。
聖教とは経典の尊称のことで、経論とはお経とその注釈書のことをいいます。
一千七百則とは、禅宗で用いられる公案の総数のことです。
公案とは、禅宗で悟りを開かせるために与える問題のことを指します。
古来の高僧が示された言葉や動作等の要旨が集められています。
それを基本にして、参禅者に自らの工夫を求めることになります。
いわゆる禅問答です。
  1. 2014/10/31(金) 11:22:35|
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聖神社(その四百九十二)

大天狗の許しを得て、牛若は早速、我が対談なるものを語り始めます。

「私は、七つの時から鞍馬山に上り、経論聖教、和漢の才、詩歌管絃に懸命に学び、学問では、一千七百則を学びました。
その中で悟ったことは、天も鉄壁、地も鉄壁である時は、それが私との対談であることです。
萬法一如を耳にするときは、三界に垣もなく、六道に辺もなく、法には二法はなく、仏に二仏はおわさぬということです。これが私との対談です。」
  1. 2014/10/30(木) 08:28:44|
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聖神社(その四百九十一)

御曹司は聞召し、「我等と申すは、七つの年より鞍馬へ上(のぼ)り、経論聖教(きやうろんしやうけう)和漢の才(さい)、詩歌管絃(しいかくわんげん)に心を尽し、参学(さんがく)なども一千七百則(そく)を学びしが、その中に天も鉄壁(てつぺき)、地も鉄壁、四方(しはう)鉄壁なる時は、これが我との対談ぞ。

萬法一如(まんほふいちによ)と聞く時は、さて三界に垣も無し。
六道に辺(ほとり)無し。
法に二法なし。仏に二仏坐(ましま)さず。
これが我との対談なり」と宣へば、その時天狗、「あら有り難や、然(さ)らば御供申すべし。此方(こなた)へ入らせ給へ」とて、簾中深く請じられけり。
  1. 2014/10/30(木) 00:00:50|
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聖神社(その四百九十)

牛若の熱弁は続きます。
「父義朝は、私の二歳の時にみまかりました。
どのようにしても、一目なりともお会いしたいと思っております。
ひたすらお頼み申し上げます。」
と言いました。
大天狗も即諾はしません。
「そのように申されても、ここでは叶わぬことです。
しかしながら、この度のご訪問は返す返すも忝いことでございます。
私との対談がご所望ならば、どうぞお語りください。拝聴いたします。」
  1. 2014/10/29(水) 14:02:36|
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聖神社(その四百八十九)

牛若が大天狗に申しますには、「さて、この度の御もてなしは、筆舌には尽くしがたいほどのものでした。
御恩のほどは、山に例えれば須弥山、海に例えれば蒼海ほど、とても言葉では言い尽くせません。
いつの世でも忘れることはできません。
厚かましいことでございますが、ここで一つのお願いがあります。
娑婆で噂を聞きましたのは真のことでございましょうか。
貴方は、一百三十六地獄、または十方浄土にも飛行されると聞きおよびました。」
  1. 2014/10/29(水) 00:21:41|
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聖神社(その四百八十八)

そこで、早速、牛若は大天狗におねだりを始めます。
稚児の割には口達者です。

斯くて御曹司大天狗に仰せけるは、「さてもこの度の御饗応(もてなし)、申すもなかなか疎(おろか)なり。詞にも及ばれず、筆にも如何(いか)で尽し難し。御恩の程、山ならば須弥山(しゆみせん)、海ならば蒼海(さうかい)とても言い難し。何時(いつ)の世にかは忘るべき。とてもの御事に、ここに一つの望みあり。実(まこと)やらん娑婆にて承り候は、御身は一百三十六地獄、又は十方浄土にも飛行(ひぎやう)し給ふと聞きてあり。我が父義朝には、二歳の時後れ候へば、如何にもして一目拝み申したく候。一途(ひたすら)に頼み申す」と仰せければ、大天狗、「仰せは然(さ)にて候へども、是に於ては叶ふまじ。然(さ)りながらこの度の御出で、返す返すも忝く候。我と我との対談(たいだん)を御存じなされて候か。御語り候へ、聴聞(ちやうもん)申さん」。
  1. 2014/10/28(火) 02:44:13|
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聖神社(その四百八十七)

祝いの献杯を交わし終えて、「さらぱと」と別れの言葉を残して、御台所は簾中深く入られました。

元服前の稚児相手に献杯とは恐れ入りますが、薬酒とのことですから、まあよいでしょう。

それにしても、御台所が引き連れておられた女房たちは皆娑婆の人間だったのでしょうね。

天狗面の女房とは、想像するだに不気味ですから。
  1. 2014/10/28(火) 00:36:30|
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聖神社(その四百八十六)

六道の沙汰とは、平曲の曲名です。
平曲というのは、盲目の琵琶法師が琵琶を弾きながら語った平家物語のことです。

「よをいとふおんならひ、なにかくるしうさぶらふべき。はやはやおんげんざんあつて、くわんぎよなしまゐらさせさぶらへ」とまうしければ、女院おんなみだをおさへて、おんあんじつにいらせおはします。

お伽話を読むのにも、いろいろの知識が必要になります。
やれやれ、大変です。
  1. 2014/10/27(月) 03:42:31|
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聖神社(その四百八十五)

法華経の総字数は古来六萬九千三百八十四字とされています。
この句の典擦は智顕の作と傳へられる略法華経の記載によるところとされています。
「衆人愛敬」とは、大衆に愛されることが一座の中心である、という意味です。
「いかなる上手なりとも、衆人愛敬欠けたるところあらんを、寿福増長のシテとは申しがたし。」
世阿弥が残した言葉です。
五輪五体とは、五大によって構成される五体という意味の佛語です。
なお、五大というのは、宇宙を構成しているとする地・水・火・風・空の五つの要素のことです。
  1. 2014/10/27(月) 00:00:53|
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聖神社(その四百八十四)

このような打ち解けた語らいがあってから、「それではめでたくお酒でもお召し上がりください。」と御台所が声をかけますと、「承りました。」と応えた若い女房がお酌に立ちまし。た
とりどりの酒を勧めました。
御台所は自らもそれに加わり、「何のおもてなしもできませんが、このお酒の由来をお話いたしましょう。
そもそも、このお酒と申しますのは、忝くも妙法蓮華経をもって回向し、良薬に造った薬酒でございます。
一杯お飲みになれば衆人愛敬、二杯飲まれれば人に羨まれる身分となり、三杯で望みが叶うこととなり、四杯で身代が定まります。
五杯で五体五輪が現れ、六杯で六道の沙汰が奏されます。
七杯飲めば、阿弥陀仏の願いにかない、九杯飲めば国の主となるといわれています。
ことにお祝いの御酒ですから、九杯は頂いてください。」と勧められました。
  1. 2014/10/26(日) 02:40:26|
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聖神社(その四百八十三)

斯く打物語らひて、「めでたく御酒(みき)を参らせよ」。「承る」と申して、若き女房御酌に立ち、とりどり御酒(みき)をぞ勧めける。
我が身も加へに参りつつ、「何の興も候はねども、この酒の由来を語り申すべし。抑(そもそ)もこの酒と申すは、忝くも妙法蓮華経の、六萬九千三百八十四字の文(もん)を以て回向(えかう)し、良薬(らうやく)に造りし薬の酒にて在(おは)します。
一つ参れば衆人愛敬(しゆにんあいきやう)、二つ参れば人に羨まれ、三つは思ふ事叶ひ、四つ飲めば身代(しんだい)定まる。五つは五体五輪(ごりん)と現れ、六つは六道(ろくだう)の沙汰(さた)を表(へう)す。七つ飲めば仏名(ぶつみやう)にかなひ、九つ飲めば国の主(ぬし)となるとかや。
殊に祝ひの御酒 (ごしゆ)なれば、九献(くこん)参れ」と勧められ、祝ひの献(こん)も通りければ、若君の御盃御台賜はり、「幾年月(いくとしつき)のめでたさよ」と、又御曹司に差し参らせ、暇(いとま)申して然(さ)らばとて、簾中深く入りにけり。
  1. 2014/10/26(日) 00:50:20|
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聖神社(その四百八十二)

貴方のお父上義朝殿は、九品の浄土で大日如来となられておいでです。きっと、私が申したと仰らなくても、大天狗に精一杯御頼みになれば,ついには会わせてあげると申されるでしょう。」と、相手を喜ばせ、打ち解けた様子で話しかけました。

義経も心を動かし「本当に不思議なことだ。」と言いました。

それにしても、義朝が九品の浄土で大日に化身していたとは、これぞおとぎ話です。
  1. 2014/10/25(土) 05:25:59|
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聖神社(その四百八十一)

一百三十六地獄(いっぴゃくさんじゅうろくじごく)とは、八大地獄と,それぞれに属する一六の小地獄一二八とを合わせたものをいいます(大辞林 第三版)。

次に、九品(くほん)の浄土ですが、人の往生には上品・中品・下品があり、さらにそれぞれの下位に上生・中生・下生があり、合計して九段階の往生があるという考え方があります。

そして、それに応じて、九つの浄土があるという思想です。
  1. 2014/10/24(金) 17:55:39|
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聖神社(その四百八十)

これだけの年月を送りましても、取り立てて楽しみはございませんが、一つの喜びは、死して冥途におられる両親に、月に一度は、また二度三度もお会いできることです。 

これが一つ楽しみでございます。

若君も二歳の御年に父上をなくされて、さぞ恋しく思われることでしょう。

我が夫の大天狗は、百三十六地獄、または九品の浄土にも、日々飛行しておられます。
  1. 2014/10/24(金) 03:18:34|
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聖神社(その四百七十九)

御台所が語り続けます。

「私が十七歳の春の頃、花園山に行き、管弦の遊びをしたことがございます。
私は琴の役目で、その音が何時になく優れて響きましたので、私は内心で、おそらくこの日の本で私に並ぶ者はいまい。今日の爪音に勝る者がいるはずはない、と高慢な心を抱きました。
その折、神風がざっと吹いてきて、そのまま天狗に誘われて、このような内裏に参ってしまいました。それが昨日今日のことだと思っていましたが、ふと年月を数えてみれば、なんと七千余年になっていました。」
  1. 2014/10/24(金) 00:19:20|
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聖神社(その四百七十八)

我十七歳の春の頃、花園山(はなそのやま)に立出でて、管絃をなして遊びしに、自らは琴の役にて、その目の爪音何時(つまおといつ)に勝れていみじかりしを、自ら心に思ひけるは、恐らくは日の本に、双ぶ方もあるまじな。
今日の爪音誰か勝らじと高慢せり。その折神風(かみかぜ)ざつと吹き来り、そのまま天狗に誘(さそ)はれ、斯かる内裏に参りつつ、昨日今日とは思ひしかども、年月(としつき)を数ふれば、七千余年になるぞかし。
この年月を送りても、事にし楽しみ候はねども、一つの喜びには、死して冥途に在(おは)します二人の親に、月に一度も亦は二度三度(ふたたびみたび)も拝み申す。
是ぞ一つの楽しみなり。若君も二歳の御年、父に後れさせ給ひぬれば、さこそ恋しく思(おぼ)すらん。我が夫(つま)の大天狗は、一百三十六地獄、又は九品(くほん)の浄土にも、日々(ひび)に飛行(ひぎやう)し給ふなり。
御身の父義朝は、九品(くほん)の浄土に大日(だいにち)にそなはりて在(おは)します。
構へて自らが申すとは仰せ候はずとも、大天狗を理(わり)なく頼ませ給ひなば、終(つひ)には逢はせ申さるべし」と、受け喜ばせ、打解け顔(かほ)に語りけれは、源斜(なのめ)思召し、「さはありながら不思議さよ」とぞ仰せける。
  1. 2014/10/23(木) 07:25:23|
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聖神社(その四百七十七)

義経はその様を眺めて、この人こそ大天狗の御台所と思い、「実に華やかに飾られたご婦人ではないか。まず是へ参られよ。」と招き入れました。

御台所は座敷に直られてから、つくづくと義経の顔を拝し、暫くしてから御台所が語り始められました。

「このように申し上げるのも恥ずかしいことですが、私の先祖のことをお話しいたしましょう。かように申す私も実は娑婆の者です。国を申せば甲斐、処を申せば二橋、その地にこきん長者という者が住んでおりましたが、その長者の一人娘のきぬひき姫とは私のことです。」
  1. 2014/10/23(木) 07:10:17|
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聖神社(その四百七十六)

「とくと早く出て、対面されよ。」と夫の大天狗のお許しが出ましたので、御台所は大層喜ばれて、十二単衣を引き合わせ、緋色の袴を踏みしだき、あんせん王のけせうの御守を首に掛け、お経を唱えながら、自分に劣らぬ女房達を数多く引き連れて現れました。
その姿は、まさに玉の鬢に花の顔容というべき艶やかさで、その様子は、秋の月が遠山に顔を出し、地面の水を照らしているようでした。

玉の鬢に花の顔容とは、まさに玉容です。
嫁いできてから七千余年のご婦人とはとても思えません。
これも、仙界に身をおく余徳でしょう
  1. 2014/10/22(水) 08:24:25|
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聖神社(その四百七十五)

疾(と)く疾く出でて対面あれ」と許されければ、御台斜(なのめ)に喜びて、十二単(ひとへ)を引交(ちが)へ、緋(ひ)の袴を踏みしだき、あんせん王のけせう(ママ)の守を掛け、口に仏語を唱へ、我に劣らぬ女房達、数多引具して立出でたるその姿、玉の鬢(びん)づら花の顔容(かほはせ)色やかに、秋の月の遠山(えんざん)に出で、地水を照らす如くなり。


源は御覧じて、あはや是こそ大天狗の御台所と思召し、「実(け)にや女房は、過飾(くわしよく)に余りし者ぞとよ。是へ是へ」と御請じある。

御台座敷に直りつつ、若者をつくづくと拝み申す。ややありて御台申しけるは、「斯くと申さんも恥ぢがはし。然(さ)りながら自らが先祖を語り申すべし。

斯く申す自らも、娑婆の者にて候ぞ。国を申せば甲斐の国、処を申せば二橋(ふたつばし)、こきん長者と申して在(おは)せしが、そのこきん長者が一人娘の、きぬひき姫とは自らなり。
  1. 2014/10/22(水) 00:36:12|
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聖神社(その四百七十四)

大天狗も御台所のおねだりには勝てませんでした。


娑婆から嫁いできた御台所が、七千年振りに、同じ娑婆の人間に会いたいというのですから、夫の天狗も流石にそれを拒むことはできなかったのでしょう。

それにしても、「唐土、天竺、わが国においても並ぶ者のいない若君でだから、御目にかかりたいのは道理である。」

この大天狗の言葉にはやや腰がひけてきました。

鞍馬寺の一稚児に過ぎない牛若が、それほど世界的な有名人であったとは。

浅学な筆者は、ただ驚くばかりです。
  1. 2014/10/21(火) 01:42:01|
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聖神社(その四百七十三)

さて、これからは奇妙な展開となります。
なんと大天狗の御台所は、人間界の姫君だったのです。

その後、御台所(みだいどころ)より大天狗の許へ御使ありけるは、「ちと申上げたき事あり」。
何事やらんと簾中(れんちゆう)へ入り給へば、御台大天狗の袂に縋りつつ、「実(まこと)やらん娑婆よりも、若君の御出でありて候由承りて候。自らも娑婆の者にて候へば、恋しく思ひ候。自ら娑婆より参りて、御身と契をなせしも、昨日今日とは思へども、早七千年になるぞかし。その年月の御情(おんなさけ)に、片時(へんし)の暇(いとま)を賜はれかし。出でて御目にかかりたくこそ在しませ」と、掻口説(くど)き宜へば、夫(つま)の天狗如何(いかが)あるべきとは思へども、流石岩木(いはき)ならねば、「実(け)にも真(まこと)に唐土(たうど)、天竺、我が朝に、双ぶ方なき若君なれば、御目にかかりたきは理(ことわり)なり。
  1. 2014/10/21(火) 00:00:52|
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聖神社(その四百七十二)

五天竺とは、「昔,天竺(インド)を東・西・南・北および中央の五地方に分けて呼んだものの総称。五天。 『これよりいよいよ-に風聞しぬ/今昔 1』」のことです(大辞林 第三版)。

大天狗は、それを玉の間の障子をさらりと開けることによって、牛若の眼前に映し出してみせたわけです。

物凄い神通力ですが、牛若の方もひけは取りません。

すべて五天竺の様体を、唐紙五百余帖に写しとったというのですから、これも驚異の技です。
  1. 2014/10/20(月) 02:10:42|
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聖神社(その四百七十一)

扨大天狗申されけるは、「二人の神通、五人の兵法も御目にかけ申す。我等が御饗応(もてなし)に、何をがなとは存ずれども、珍らしき事候はねば、五天竺を御目にかけ奉るべし。

此方(こなた)へ入らせ候へ」とて、玉の座敷へ請じ申し、先づ東の障子をさらりと開けて見させ給へば、東城国(とうじやうこく)七百六十余州を一目に御覧じて、唐紙(からし)百帖に写し給ひける。

南の障子を開けければ、南天竺七百六十余州の民の住家(すみか)、残りなく見えければ、これも百帖ばかりに遊ばしける。

西の障子を開くれば、西天竺(さいてんぢく)七百余州の山の姿、木の木立(こだち)、目(ま)のあたり明らかに見えけり。夢幻(ゆめまぼろし)とも覚えず。及ばずながら書写(かきうつ)し給ふなり。

北(ほく)天竺の水の流れ、中天竺すべて五天竺の様体(やうだい)を、五百余帖に写させ給ひ、末代(まつだい)の宝にせんと、喜び給ふは限りなし。
  1. 2014/10/20(月) 00:10:31|
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聖神社(その四百七十)

さて、天竺の日輪坊も負けてはいません。

同じく間の障子をさっと開くと、「ご覧ください。」と申します。

義経が目をこらすと、霞に綱を渡し、雲には橋を架け、遠くの山には船を浮かべ、自由自在に上ってみせます。
その不思議さは限りがありません。

また、大天狗は五人の天狗に「御身たちのもてなしは、兵法を一つ。」と注文しました。

「承る。」というや否や、白州に飛び降り、秘術を尽くして見せました。

義経は、もとより兵法を望んでいたのですから、広縁に出て、間近から見つめ、言葉に尽くせぬほど、限りなく喜びました。
  1. 2014/10/19(日) 03:00:52|
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聖神社(その四百六十九)

径山寺は、中浙江省杭州市にある禅寺寺院です。当寺は唐代に創建され、南宋の時は五山十刹の筆頭で、古くから佛教の聖地でした。

南宋時代には「臨済宗」が盛んで、径山寺は日本臨済宗の本山でした。

径山寺のお茶は日本茶道の発祥とされています。

また、わが国では径山寺味噌(金山寺味噌)で知られています。
  1. 2014/10/19(日) 00:00:22|
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聖神社(その四百六十八)

盃もすすんだところで、大天狗はゆらりと立ち上がり、「いかにもお二人の天狗達よ。まだあまり興も弾んでおらぬので、御身たちの先祖より伝わる神通を、御もてなしに一つご披露くだされ。」と注文しました。

いと易きこととばかり、二人の異国の天狗は座敷の中ほどに走り出るや、大唐のほうこう坊は、間の障子をさらりと開き、「ご覧あれ。」と申しました。

義経がつくづく眺めますと、大唐の径山寺が眼前に映し出されています。

燈心に鐘が釣られ、それを高麗国の撞木で突いて見せました。

また、なんかい堂に火をつけ、一度に焼き払って見せ、御慰めに供しました。
  1. 2014/10/18(土) 08:43:39|
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聖神社(その四百六十七)

御盃もとりどりなれば、大天狗は居たる座敷をゆらりと立ち、「如何に二人の天狗達、余りに興も候はぬに、御身達の先祖より伝はる神通を、御饗応(もてなし)に一つ」と好(この)まれけり。

二人の天狗は易き程の事なりとて、中座(なかざ)を指(さ)して走り出で、大唐のほうこう坊、間(あひ)の障子(しやうじ)をさらりと開(あ)けて、「御覧あれ」と申されけり。

源(みなもと)つくづくと御覧ずれば、大唐の径山寺(きんざんじ)を眼の前にうつし、とうしん(燈心)にて鐘を釣り、高麗国(かうらいこく)の撞木(しゆもく)にてつきて御目にかけ、又なんかい堂に火をかけて一度に焼き払い、御慰みに見せらるる。

さて天竺の日輪坊も、間(あひ)の障子をさつと開け、「御覧あれ」とぞ申さるる。

源御覧ずれば、霞に綱を渡し、雲に橋をかけて、遠山(とほやま)に船を泛べて、自由自在に上(のぼ)りつつ、いと不思議さぞ限りなし。又大天狗五人の天狗達に好まれけるは、「御身達の饗応(もてなし)には、兵法(ひやうはう)一つ」と好まれけり。「承る」と言ひも敢へず、白洲に飛んで下(お)り、秘術を尽して見せ申す。

源はもとよりも、兵法望みの事なれば、広縁(ひろえん)にゆるぎ出でさせ給ひ、ま近く寄りて御覧じけるに、心詞(ことば)も及ばれず。喜び給ふは限りなし
  1. 2014/10/18(土) 06:52:38|
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聖神社(その四百六十六)

大唐のほうこう坊、天竺の日輪坊が打ち揃って、供の天狗数百人を打ち連れて、表の縁に現れると、大天狗は狂喜します。
「いかに二人の天狗達、源様がお出でになっているぞ。そこへお通りになって、ご見参なされよ。」
二人の天狗は神妙に「承る。」と申して、若君の御前に罷りこし、喜ぶこと限りなしの有様です。
そして、面々は我も我もとばかり、酒宴に参加し、遊興にふけりました。

これはいくら御伽話とはいえ、度の過ぎたはしゃぎぶりです。
源の若君は、異国の天狗達にまで、その名を知られた名士だったのです。
驚きました。
  1. 2014/10/17(金) 07:27:00|
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聖神社(その四百六十五)

物語は、義経が六韜兵法の在処を探るため、このまま何となく法眼の館に棲み付いてしまうという奇妙な展開を辿ります。

下にも置かぬような大歓待を繰り広げる鞍馬の大天狗とは大違いです。

ここらあたりで、少々天狗の内裏の情況を探ってみましょう。
  1. 2014/10/17(金) 06:18:49|
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