案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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蜂田神社(その四)

それはともかく、この二氏はある時期、大鳥郡蜂田郷に共に居住していたとも考えられます。

蜂田神社は、別名花林神社、あるいは華林神社とも呼ばれています。

どちらも一帯が花の多い地域であったことを示唆するような神社名です。

また「蜂田」といい、「花林」と言い、いかにも「養蜂」を暗示するような名称です。

古代の養蜂業は、医業との関連があったといわれています。

中国の本草書『神農本草経』には、野生の蜂蜜の効用について、「心腹の邪気による病を治し、驚きやすい神経不安の病やてんかんの発作をしずめる。五臓の心臓・肝臓・肺臓・腎臓・脾臓を安らかにし、諸不足に気を益し、中を補い、痛みを止め、解毒し多くの病を除き、あらゆる薬とよく調和する。これを長く服用すれば、志を強くし、身体の動きが軽くなり、飢えることもなく、老いることもない」と記されています。
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  1. 2013/12/31(火) 10:19:34|
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蜂田神社(その三)

蜂田連は、『新撰姓氏録』には、和泉国・神別・天神、姓は連、天児屋命之後也と記載されています。。

また、『姓氏録』和泉国諸蕃として「蜂田薬師(はちだのくすし)」の名があります。

そして、「呉国孫権王の後也」と記載されています。

彼らは医業を司る渡来人の一族だったのでしょう。

一方、蜂田連は、天児屋根命の後裔とされていますから、同一の氏族ではありません。、
  1. 2013/12/31(火) 09:08:10|
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蜂田神社(その二)

奈良国立博物館の収蔵品データベースによると「奈良・唐招提寺に伝わる『竹林寺略記』によると、行基墓は文暦2年(1235)に発掘され、八角石筒の中に銀筒を納め、その中に『行基菩薩遺身舎利之瓶』の銀札を付した銀製舎利瓶が奉安されていたという。銀筒には20文字詰17行、309字からなる『大僧正舎利瓶記』が刻まれていた。」とあります。

なお、行基墓は文暦2年に発掘されたのち、埋め戻されていますが、その後再び発掘された際に、残存していた銅鋳製の墓誌断片が取り出され、現在同博物館に収納されています。

もっとも、「大僧正舎利瓶記」の全文は、文暦2年に発掘時に、僧真成の手に依り書写されたものが現在でも残されています。
  1. 2013/12/30(月) 15:27:59|
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蜂田神社(その一)

泉北ニュータウンから少し離れますが、堺市中区八田寺町には、「蜂田神社」という古いお社が鎮座されています。

当社は、延喜式神名帳にも記されている古社です。

古くは蜂田連(はちたむらじ)の氏神として、その祖先とされる天児屋根命(あめのこやねのみこと)が主祭神としてお祀りされています。

大鳥郡蜂田郷は、現在の八田寺町から家原寺町へかけての古地名です。

蜂田連は、その辺りに居住した豪族だと思われます。

因みに、僧行基の母、蜂田古爾比売(はちだ の こにひめ)は、蜂田氏出身です。

彼女は、高志才智を夫とし、天智7年(668年)に僧行基を生みました。

父は蜂田虎身(はちだ の とらみ)。

行基の骨をおさめた瓶に刻まれた『大僧上舎利瓶記』にその名が残されています。
  1. 2013/12/30(月) 10:17:44|
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感応寺(その二百十四)

寄り道が過ぎました。

感応寺に戻ります。

唐破風を構えた妙見堂の側壁には、﨔の一刀彫の立派な彫刻が施されています。

摂津国の能勢妙見 、河内国の星田妙見と並んで大阪三大妙見と称されていますが、交通の便の悪さも災いして、知名度が低いのが残念です。

当寺の主な年中行事は、2月3日 厄除祈願の節分星祭り、7月土用の丑の日 頭痛封じのほうろく灸祈祷、8月16日 万灯供養です。

特に万灯供養は、たくさんの灯籠に火がともり,参詣者は、とても幻想的な風景に浸れます。
  1. 2013/12/29(日) 19:46:10|
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感応寺(その二百十三)

本来、釈迦は、絶対神を持ちませんでした。

したがって、釈迦においては、キリストにおける神のような絶対的な存在はありませんでした。

釈迦は自らの哲学を語ったのであり、神の啓示を受けたのではありません。

釈迦の絶対的観念は「空」であり、神ではありません。

仏教は、彼自らの思想が体験に依り浄化され純化された結果の産物であり、決して絶対者から与えられたものではありません。

まさに、「釈迦の前には仏なく、釈迦の後にも仏はない」のです。
  1. 2013/12/29(日) 09:02:29|
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感応寺(その二百十二)

他方、日蓮宗は本仏を「久遠実生の釈迦牟尼仏」としています。

日蓮本人も、これを本仏として仰いでいました。

日蓮は、他宗をことごとく非難していますが、そのうちでも特に法然の浄土宗に厳しかったのは、同宗の釈迦に対する扱いに対して不満を抱いたからではないでしょうか。

法然の弟子である親鸞は、「久遠実成阿弥陀仏 五濁の凡愚をあわれみて 釈迦牟尼仏としめしてぞ 迦耶城には応現する」と和讃しています。

このように、「久遠実成阿弥陀仏」として、釈迦の上に阿弥陀を置く思想を日蓮は拒絶したのでしょう。
  1. 2013/12/28(土) 06:35:10|
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感応寺(その二百十一)

阿弥陀如来のそもそもの由来は、無量光如来(アミターバ)と無量寿如来(アミターユス)、という2つの仏が合わさって生まれた如来だと言われています。

阿弥陀如来は西方極楽浄土の教主で、この如来を念ずる人を極楽浄土に往生させてくれるといわれています。

天台宗、浄土宗、浄土真宗、融通念仏宗のご本尊とされています。

この阿弥陀の理念の創始は、イラン・ペルシャの宗教の影響を大きく受けた結果だとされています。

無量寿如来・無量光如来も、イラン・ペルシャの主神である光の神のアフラマズダやミスラ、無限時間の神ズルワンと関係が深いと一般には考えられています。
  1. 2013/12/28(土) 00:35:07|
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感応寺(その二百十)

ところで、法然は、それまでの山へ入って修行をする聖道門仏教に対して、念仏によって絶対に救われるという浄土門仏教を開きました。

彼は「念仏為本」を説いたのです。

また、浄土宗においては、阿弥陀仏は、「十方諸仏の本師本仏」とされています。

そして、釈迦は阿弥陀の弟子ということになっています。

つまり、弟子の務めは、師匠の教えを正確に、一人でも多くの人にお伝えすることですから、弟子である釈迦は、師匠である阿弥陀仏の教えを、生涯説いたとされているのです。

浄土宗は、それが仏教だとしています。
  1. 2013/12/27(金) 16:19:06|
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感応寺(その二百九)

主人は慨嘆します。

「嗟呼悲しいかな、如来誠諦の禁言に背くこと、哀なるかな愚侶迷惑の麁語に随うこと、早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし。」

悲しい事は如来の誠諦に背くことであり、哀れなのは愚かな僧侶の迷惑で粗末な言葉に従う事である。

早く天下の静謐を願うのであれば、国中の謗法を断ずる事である。


誠諦( じょうたい)とは、真実という意味で、正味の真実を説くことをいいます。方便の対語です。

麁語(そご)とは、粗末な言葉という意味です。
  1. 2013/12/27(金) 06:41:24|
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感応寺(その二百八)

主人の怒りは頂点に達します。

「此くの如き群類其れ誠に尽くし難し是破仏に非ずや是破法に非ずや是破僧に非ずや、此の邪義則ち選択に依るなり。」


このような謗法の輩はまことに数え尽くし難いほど存在する。

これこそ仏の破壊ではないか。仏法の破壊ではないか。僧団の破壊ではないか。

このような邪義は、全て法然の「選択集」に基づくものである。
  1. 2013/12/26(木) 15:22:57|
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感応寺(その二百七)

このような状態であるから、あるいは釈迦像の手の指を切り落として、阿弥陀仏の印相に結び替えたり、あるいは東方世界の薬師如来を祀ってある堂宇を改めて、西方極楽浄土の教主である阿弥陀仏の像を据えたり、あるいは天台宗で四百余回も続いてきた法華経書写の修行も止めて、浄土三部経の書写としたり、あるいは天台大師の報恩講を止めて、善導の報恩講としたりしてしまった。


指先を切り取り、釈迦の印相を阿弥陀仏のそれに組み替えたというのは、姑息過ぎて少々辟易します。

それは釈迦に対する冒涜であり、日蓮の怒りには共感を覚えます。
  1. 2013/12/26(木) 00:32:01|
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感応寺(その二百六)

「然る間或は釈迦の手指を切つて、弥陀の印相に結び、或は東方如来の鴈宇を改めて西土教主の鵝王を居え、或は四百余回の如法経を止めて、西方浄土の三部経と成し或は天台大師の講を停めて善導講と為す、」

東方如来とは、薬師如来のことです。

鴈宇.とは、伽藍のことをいいます。

鵝王とは、仏のことです。

如法経とは、一定の法式に従って経文を筆写する修行のことです。この場合は法華経の写経をいいます。

天台大師の講とは、天台大師の入滅の法要です。
11月24日に比叡山で行われていました。
  1. 2013/12/25(水) 14:20:34|
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感応寺(その二百五)

法華・涅槃の経教は、釈尊一代の五時の説法の要である。

その戒めは実に重く、誰がそれに帰依しないでいられようか。

しかし、謗法の輩や正道を忘れた人が、さらに法然の『選択集』に影響されて、いよいよものの道理が分からなくなってきている。

これがゆえに、あるいは法然の遺体を木像に刻み、絵像として描いて偲んだり、法然の妄説を信じて、その言葉を版木に彫って刷り、日本国中の至るところに弘め、郭外の人々までがそれを弄している。

人々の仰ぐ所は法然の家風であり、布施をする相手は法然の門弟である。

なお、郭外とは城郭の外、すなわち辺鄙な地域にも邪義が広まったという意味です。

その家風とは、法然の教義を示します。
  1. 2013/12/25(水) 07:05:41|
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感応寺(その二百四)

「五時」とは、釈尊一代の化導を説法の順序に従って、華厳時(けごんじ)・阿含時(あごんじ)・方等時(ほうどうじ)・般若時(はんにゃじ)・法華涅槃時(ほっけねはんじ)の五期に分類したもののことです。

隋の時代の天台大師の判釈した「五時八教」によるものです。

なお、「莠言(ゆうげん)」とは有害な言葉という意味です。

「盲瞽(もうこ)」とは、物事の筋道や本質をわきまえないことをいいます。

「愚癡(ぐち)」とは、物事を正しく認識したり判断したりできないことを指します。
  1. 2013/12/24(火) 09:26:52|
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感応寺(その二百三)

 「法華涅槃の経教は一代五時の肝心なり、

其の禁実に重し誰か帰仰せざらんや、

而るに謗法の族正道を忘るの人剰え法然の選択に依つて弥よ愚癡の盲瞽を増す、

是を以て或は彼の遺体を忍びて木画の像に露し或は其の妄説を信じて莠言を模に彫り之を海内に弘め之を・外に翫ぶ、

仰ぐ所は則ち其の家風施す所は則ち其の門弟なり」
  1. 2013/12/24(火) 07:15:10|
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感応寺(その二百二)

この様に経文には明らかに記されている。

何で私の言葉を加える事があろうか。

およそ法華経にあるように大乗経典を謗する者は無量の五逆を起す事よりも重罪であり、その為に阿鼻大城に堕ちて無量劫の間出る事が出来ないのである。

涅槃経の様に、例え五逆罪を犯した者の供養を許すとも、謗法への布施は許していない。

蟻の子を殺すものは必ず三悪道に落ちるが、謗法を禁ずるものは不退の位に登る事ができる。

その証拠として、いわゆる覚徳とは迦葉仏であり、有徳とはすなわち釈迦であると説かれている。
  1. 2013/12/24(火) 05:26:35|
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感応寺(その二百一)

 安国論に戻ります。

「夫れ経文顕然なり私の詞何ぞ加えん、 凡そ法華経の如くんば大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり、

故に阿鼻大城に堕して永く出る期無けん、 

涅槃経の如くんば設い五逆の供を許すとも謗法の施を許さず、 蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ、 謗法を禁ずる者は不退の位に登る、 

所謂覚徳とは是れ迦葉仏なり、有徳とは則ち釈迦文なり。」
  1. 2013/12/24(火) 00:52:08|
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感応寺(その二百)

この 法華経は、深き智慧に通することによって、説くことが為される。

それが故に、浅はかな自らの識別に囚われている者には、理解することができない。

なぜなら、その者はかえって迷い、惑乱してしまうからある。

高慢な自らの見解を自ら正しいとする者や、自惚れた輩や、また修行を怠り、精進しない者達に、汝はそれを語ってはならない。

愚かな者は、浅はかにも自らの識別に囚われてしまい、深く五欲に執着しているから、聞くことが出来ず、また聞いても解することが出来ないからである。

智慧をもたず、真理に向かうという意味を顛倒する者に対しては、この経を説いてはならない。
  1. 2013/12/23(月) 10:34:17|
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感応寺(その百九十九)

 又舎利弗 慢懈怠
 計我見者 莫説此経 凡夫浅識 深著五欲
 聞不能解 亦勿為説 若人不信 毀謗此経
 則断一切 世間仏種 或復顰蹙 而懐疑惑
 汝当聴説 此人罪報 若仏在世 若滅度後
 其有誹謗 如斯経典 見有読誦 書持経者
 軽賎憎嫉 而懐結恨 此人罪報 汝今復聴
 其人命終 入阿鼻獄
  
又舎利弗 ・慢懈怠
  我見を計する者には 此の経を説くことなかれ
  凡夫の浅識 深く五欲に著せるは
  聞くとも解すること能わじ 亦為に説くことなかれ
  若し人信ぜずして 此の経を毀謗せば
  則ち一切世間の 仏種を断ぜん
  或は復・蹙して 疑惑を懐かん
  汝当に 此の人の罪報を説くを聴くべし
  若しは仏の在世 若しは滅度の後に
  其れ 斯の如き経典を誹謗することあらん
  経を読誦し書持すること あらん者を見て
  軽賎憎嫉して 結恨を懐かん
  此の人の罪報を 汝今復聴け
  其の人命終して 阿鼻獄に入らん
  1. 2013/12/23(月) 07:18:10|
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感応寺(その百九十八)

釈迦が危惧されているのは、もし法華経を説いて信じなかった場合、その者は法華経誹謗の大罪を犯してしまうことになります

それでは、折角その者を救おうとして法華経を説いても、かえって罪に落としてしまうことになります。

そのために釈迦は、法華経を説くべき者(可説)と説くべきではない者(不可説)を教示されているのです。

「斯の法華経は 深智の為に説く 浅識は之を聞いて 迷惑して解らず」

法華経の教義は深遠なものであるから、それを説いても浅識な者はただ迷惑し理解することはできないと教えているのです。
  1. 2013/12/22(日) 07:47:21|
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感応寺(その百九十七)

釈迦は「三車火宅の譬え」を説いた後、舎利弗に法華経への信を勧めます。

そして、釈迦は、将来、舎利弗が法華経を弘通する際に、この経を説くべき人と、説くべきではない人を示しました。

ここで、釈迦は可説不可説を標されたのです。

「 若し聞くこと有る者 随喜し頂受せん 当に知るべし是の人は 阿?跋致(あびばっち)なり 若し此の経法を 信受すること有らん者 是の人は已に曾て 過去の仏を見たてまつりて 恭敬供養し 亦是の法を聞くけるなり 若し人能く 汝が所説を信ずること有らんは 則ち為れ我を見 亦汝 及び比丘僧 竝びに諸の菩薩を見るなり 斯の法華経は 深智の為に説く 浅識は之を聞いて 迷惑して解らず 一切の声聞 及び辟支仏は 此の教の中に於て 力及ばざる所なり 汝舎利弗 尚お此の経に於ては 信を以て入ることを得たり 況んや余の声聞をや 其の余の声聞も 仏語を信ずるが故に 此の経に随順す 己が智分に非ず」
  1. 2013/12/22(日) 00:09:32|
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感応寺(その百九十六)

この説話の長者が、仏を表すことはいうまでもありません。

火事に気づかず遊び戯れる三人の長者の子どもたちは、三界にいる一切の衆生を示します。

車・鹿車・牛車で象徴される三車とは、声聞・縁覚・菩薩、つまり三乗を説くための方便の教えです。

釈迦の言わんとするところは、人々に先ず三乗の教えを与えて、その機根を調べ、しかる後に、「大白牛車」で象徴される一乗の教えを与えるべきだということです。

なお、機根(きこん)とは、仏の教えを理解する能力・器のことをいいます。

  1. 2013/12/21(土) 09:55:22|
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感応寺(その百九十五)

ところで、釈迦は、法華経「警喩品」の中で、「三車火宅(さんしゃかたく)」という比喩を説かれています。

「ある時、長者の邸宅が火事になった。中にいた子供たちは遊びに夢中で火事に気づかず、長者が説得するも外に出ようとしなかった。そこで長者は子供たちが欲しがっていた『羊の車(ようしゃ)と鹿の車(ろくしゃ)と牛車(ごしゃ)の三車が門の外にあるぞ』といって、子供たちを導き出した。その後にさらに立派な大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えた。」
(法華七喩 - Wikipediaから引用)
  1. 2013/12/21(土) 08:50:28|
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感応寺(その百九十四)

仏種(ぶっしゅ)とは、仏となるための種子(しゅうじ)であり、仏性(ぶっしょう)のことです。

阿鼻獄(あびごく)とは、阿鼻地獄のことで、五逆罪をつくる人、正法誹謗の者がこの地獄に堕ちると経には説かれています。

そして、無間の苦しみを受けるとされています。

もし法華経を説いて信じなかった場合には、一切世間の仏に成る種を断たれてしまい、阿鼻地獄に落ちてしまうという戒めです。
  1. 2013/12/21(土) 06:37:43|
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感応寺(その百九十三)

法華経に云く 「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば即ち一切世間の仏種を断ぜん、 乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」已上。

 法華経(譬喩品)には「もし人が法華経を信じないで、この経を毀謗するならば、すなわち一切世間の仏種を断ちきってしまう。

(ないし)その人は命を終えてから阿鼻地獄に入り、無間の苦しみを受けるだろう」とあります。

この文章は、法然の撰択集を弾劾した段で既に引用されています。

したがって、ここでは再引用ということになります。
  1. 2013/12/20(金) 01:21:01|
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感応寺(その百九十二)

「刀杖を持すと雖も我是等を説いて名けて持戒と曰わん、 刀杖を持すと雖も命を断ずべからず」

護法のためには、刀杖を持すことは許されるべきである、しかし、刀杖を持したからといって、たとえ相手が謗法の者であっても、その命を断ってはならない、とするのは理解ができる論理です。

絶対的な理想論である不殺生戒との整合性が保てるからです。
  1. 2013/12/20(金) 00:05:51|
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感応寺(その百九十一)

禿人(とくにん)は、自分の名聞や利養を得るために出家、剃髪した人のことを示します。

禿居士ともいいます。

「涅槃経」の漢訳には、「破戒不護法者名禿居士」、「為飢餓故発心出家。如是之人名禿人」とあります。

持戒 (じかい)とは、 仏の定めた戒を守って破らないことをいいます。

この対語が破戒です。
  1. 2013/12/19(木) 05:45:42|
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感応寺(その百九十)

「もし法が尽きんとするときには、まさにかくのごとく正法を受し、擁護すべきである。
 
迦葉よ。その時の有徳王とはすなわち我が身である。説法をした覚徳比丘は迦葉仏である。

迦葉よ、正法を護るものはこのように無量の果報を得るのである。この因縁の故に自分は今日において、種々の相を得ることができて自らを荘厳にし、絶対に傷つけられることのない法身を成就することができたのである。
 
これがゆえに、正法を護ろうとする男子の信徒等は、有徳王のようにまさに刀杖を手に取って正法を擁護すべきなのである。

善男子よ、自分が涅槃して後、末法に入った国土は荒れ乱れ果てて、人々は互いに土地や財産を奪いあい、そのため人民は飢餓に瀕するであろう。

そのときに飢餓から逃れようと、生きていくため発心し、多くの出家するものが現われるであろう。
それらの人を名付けて『禿人』というのである。

この禿人の輩は正法を護持する者をみて、そのところを追い払い、あるいは殺し、あるいは害するであろう。
その故に、自分はいまの持戒の人や僧が、刀杖を持つ諸々の在家の人々を伴侶とすることを許すのである。

刀杖は持ってはいるけれども、正法を護るが故に、これを持戒と名付ける。

ただし、刀杖を持すといっても、防御のため護法のためで、謗法の者の命を断ってはならない。」とあります。
  1. 2013/12/19(木) 04:18:49|
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感応寺(その百八十九)

、 「若し正法尽きんと欲すること有らん時当に是くの如く受持し擁護すべし、 

迦葉・爾の時の王とは即ち我が身是なり、 説法の比丘は迦葉仏是なり、迦葉正法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん、 

是の因縁を以て我今日に於て種種の相を得て 以て自ら荘厳し法身不可壊の身を成す、 仏迦葉菩薩に告げたまわく、 是の故に法を護らん優婆塞等は応に刀杖を執持して擁護すること是くの如くなるべし、 

善男子・我涅槃の後濁悪の世に国土荒乱し 互に相抄掠し人民飢餓せん、爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん 

是くの如きの人を名けて禿人と為す、 是の禿人の輩正法を護持するを見て 駈逐して出さしめ若くは殺し若くは害せん、 

是の故に我今持戒の人・諸の白衣の刀杖を持つ者に依つて以て伴侶と為すことを聴す、 刀杖を持すと雖も我是等を説いて名けて持戒と曰わん、 刀杖を持すと雖も命を断ずべからず」と。
  1. 2013/12/19(木) 01:58:57|
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