案山子のダンス

戯れに、小説など。照れますな。

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感応寺(その百四十九)

また、四修とは極楽浄土への往生を願って修行する者が守るべきだとされる四種の修法、即ち恭敬修(くぎょうしゅう)、無余修(むよしゅう)、無間修(むけんしゅう)および長時修(ちょうじしゅう)のことです。

先ず、恭敬修とは、彼の仏および一切の聖衆等を恭敬礼拝することをいいます。

無余修とは、専ら彼の仏名を称し、彼の仏および一切の聖衆等を専念、専想、専礼、専讃して、余業を雑えないことをいいます。
 
無間修とは、念仏によって統一された生活の継続を心がけることです。
 
長時修とは、一生涯を終えるまで念仏生活を継続することを意味します。

なお、二尊とは、浄土教では釈迦仏と阿弥陀仏のことを指します。



モンテネグロ・ワイン

バルカンの薫り


もんて道

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  1. 2013/11/30(土) 02:11:18|
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感応寺(その百四十八)

短い文章ですが、その中には浄土宗の教えの本質が示されているとして、浄土宗の僧俗の間では、経典に並ぶものとして称えられています。

なお、 「三心」とは、観無量寿経に説く、至誠心(しじょうしん)、深心(じんしん)および回向発願心(えこうほつがんしん) という三つの心のことを言います。

至誠心とは、極楽往生を願う真心のことです。

次に、深心とは、ひたすら仏道を求めようとする心のことをいいます。

最後の回向発願心とは、自分が修めた善根功徳を他にも振り向けて、自他ともに極楽浄土に往生しようと願う心のことです。
  1. 2013/11/30(土) 00:05:28|
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感応寺(その百四十七)

法然は、亡くなる二日前に、 弟子の勢観房源智の求めに応じて、一通の起請文を遺しました。

建暦二年正月二十三日のことです。

これが、「一枚起請文」として、現在も浄土宗大本山黒谷金戒光明寺に保存されています。

「一枚起請文」(原文)
 
唐土我が朝に諸々の知者たちの沙汰し申さるる観念の念仏にも非ず。

また学問をして 念の心を悟りて申す念仏にも非ず。

ただ往生極楽の為には南無阿弥陀仏と申して疑いなく往生するぞと思いとりて申すほかには、 別の子細候わず。

但し三心四修と申すことの候は、皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞと、思ううちにこもり候也。

此外に奥深きことを存ぜば、二尊のあわれみにはずれ、本願にもれ候べし。

念仏を信ぜん人はたとい一代の法をよく学すとも、 一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智の輩に同じうして、智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏すべし。

 証のために両手印をもってす。
 
浄土宗の安心起行此一紙に至極せり。源空が所存此外に全く別儀を存ぜず。

滅後の邪義を防がんがために所存を記し畢。
   
建暦二年正月二十三日      大師在御判
  1. 2013/11/29(金) 11:28:02|
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感応寺(その百四十六)

「観無量寿経疏」は、唐僧善導が撰述した「仏説観無量寿経」の注釈書です。

観経疏(かんぎょうしょ) とも呼ばれています。

本書は、それまでの浄土教の教学者の仏説観無量寿経の解釈を一新した革新的なものとされています。

法然は、善導とこの「観経疏」を教学の根幹に据えました。

彼の「選択本願念仏集」には、「偏依善導」とあります。

「偏に善導師に依る。」の意味です。
  1. 2013/11/29(金) 02:34:31|
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感応寺(その百四十五)

法然をして、立宗に至らしめた『観経疏』の三十四字とは、次のようなものです。

「一心専念弥陀名号行住坐臥・不問時節久近・念念不捨者・是名正定之業・順彼仏願故」

「いっしんせんねんみだみょうごうぎょうじゅうざが・ふもんじせつくごん・ねんねんふしゃしゃ・ぜみょうしょうじょうしごう・じゅんぴぶつがんこ」と称えます。

・・一心に専ら阿弥陀の名だけを称え、歩いている時も、止まっている時も、起きている時も、寝ている時も、時間の長短を問わず、片時も忘れず念仏するのを正定業といいます。
なぜなら、それは阿弥陀の本願にかなうことだからです。・・

正定業とは、正しく衆生の往生が決定する業因という意味です。
  1. 2013/11/28(木) 09:51:12|
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感応寺(その百四十四)

突然、話柄を変えるようですが、安国論の中で主人が痛罵している浄土宗について少々考察を試みてみたいと思います。

浄土宗は、言うまでもなく日本の仏教宗旨のひとつで、法然を開祖としています。

ご本尊は阿弥陀如来で、教義は専修念仏を中心としています。

法然は43歳の時に、『観無量寿経疏』(『観経疏』)によって専修念仏の道に進む決意をして、比叡山を離れました。

この年、承安5年(1175年)が、浄土宗の立教開宗の年とされています。
  1. 2013/11/28(木) 07:28:11|
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感応寺(その百四十三)

龍樹は、2世紀頃のインドの仏僧です。

龍樹は、サンスクリットの「ナーガールジュナ」の漢訳名です。

出自は、南インドのビダルバのバラモンと伝えられています。

大乗仏教の体系化に努め、中観派の祖とされています。

彼の功績の一つは、仏教の原初からあった「空」の考えかたをより深化した観念として凝縮させたことにあります。

もっとも、彼の仏教には、初期大乗仏教が有していた大衆的な平易さを煩瑣で難解なものへと変質させてしまったという面も認められます。
  1. 2013/11/28(木) 00:46:03|
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感応寺(その百四十二)

龍樹は、一切の存在が空であるのは、それが「自性」を持っていないからだとしました。

そして、そのような「無自性」が主張されるのは、全ての存在が、縁起の関係の上に成り立っているからだとし、「縁起」とは全ての存在が依存関係にあることをいうと説きました。

また、一切の存在は縁起の法に則るものであるから、空と呼ばれても、それは空という本体を予想してのことではなく、仮に空と呼ばれているに過ぎないと述べました。

更に、一切の存在は他との依存関係の下に成り立ち、したがって、本体を有しないのが全ての存在の真の姿であるから、そこではあらゆる極端は否定されることになり、そのようなあり方を「中道」と称するのであるとしました。
  1. 2013/11/27(水) 04:46:54|
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感応寺(その百四十一)


釈迦の「中道」についての説法は、比喩を巧みに用いて平易に説かれています。

ところが、龍樹は、この「中道」対して実に難解な定義を与えています。

「縁起せるところのもの、それが空であるとわれわれは説く。それは仮名にして、それはすなわち中道である」

これは『根本中論偈』第二十四章第十八偈に記されています。

漢訳は、次のとおりです。

「衆因縁生法、我説即是無、亦為是仮名、亦是中道義」
  1. 2013/11/27(水) 03:17:59|
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感応寺(その百四十)

つまり、釈迦は、六根や六境に囚われることなく、悦楽や自我の妄執にも囚われることなく、さらには、俗世間の付き合いに囚われることなく、神秘主義に惑わされることなく、五感による欲望に惑わされることなく、欺瞞を隠して活きることがなければ、涅槃(海)へと辿り着くことができるであろうと説いたのです(中道 - Wikipedia)。

釈迦は、煩悩から解き放たれた世界を「涅槃(ニルバーナ)」と名づけ、それを修行を積んでいけば到達できる現世の境地としました。
  1. 2013/11/26(火) 09:51:43|
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感応寺(その百三十九)

一人の比丘が、釈迦に願い出ました。

「どうか、その例えの意味を教えてください。」

そこで、釈迦は比喩の意味するところを次のように説明されました。

「比丘たちよ。手前の岸というのは、六根、つまり、眼、耳、鼻、舌、身、心を例えて言うのである。

比丘たちよ。向こう岸というのは、六境、つまり、眼に見えるもの、音・声、匂い・香り、味、触れる対象と、そして心の対象を例えて云うのである。

比丘たちよ。中流で沈んでしまうというのは、悦楽と欲望とを例えて言うのである。

比丘たちよ。中州に打ち上げられるというのは自我ありと誇ることに例えて言うのである。

比丘たちよ。人によって運び去られるというのは、社会的な習俗・義務に心を奪われてしまうことをたとえて言うのである。

比丘たちよ。(鬼神などの)人でないものによって運び去られるというのは、善行に励み、神となりたい、あるいは神々のひとりとなりたい、と願うことを言うのである。

比丘たちよ。渦巻きの中に沈んでいくというのは、五感の楽しみにふけることを言うのである。

比丘たちよ。腐敗するというのは、実際には徳が備わっていないにもかかわらず、徳のあるふりをすることを言うのである。」
  1. 2013/11/26(火) 00:25:41|
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感応寺(その百三十八)

「丸太は、以上挙げた八つの過ちに陥らないならば、必ず海にたどり着くだろう。」

釈迦は、断言しました。

さらに、続けて、

「なぜ丸太が海にたどり着くのかといえば、河の流れは海に向かっているからだ。

だから丸太は、これら八つの障害に会わなければ海にたどり着く。

同じように比丘たちよ。あなたがたも、これら八つの障害に囚われなかったら、涅槃(ニルバーナ)にたどり着けるであろう。

それは、なぜか? 

それは、正見は自然と涅槃に向かうものであるからだ。
それは苦しみの止滅である。
比丘たちよ。これはちょうどよい喩えである。」
  1. 2013/11/25(月) 01:29:04|
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感応寺(その百三十七)

 釈迦は、言葉を継ぎました。

「比丘たちよ、もし丸太が、手前の岸の近くで捕まえられないならば海にたどり着くであろう。
もし丸太が、向こう岸で捕まえられないならば、海にたどり着くであろう。
もし丸太が、水に沈まないならば、海にたどり着くであろう。
もし丸太が、河の中で小さな島に乗り上げられないならば、海にたどり着くであろう。
もし丸太が、人間によって取り去られないならば、海にたどり着くであろう。
もし丸太が、人でないものによって取り去られないならば、海にたどり着くであろう。
もし丸太が、渦巻きによって沈まないならば、海にたどり着くであろう。
もし丸太が、腐敗しないならば、海にたどり着くであろう。」
  1. 2013/11/25(月) 00:34:14|
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感応寺(その百三十六)

パーリ語経典相応部第35集第200経にガンジス河を流れる丸太を修行者に例えた釈尊の説法があります。

この「丸太のたとえ」は、「中道」について具体的に語った釈迦の言葉として有名です。

少し長くなりますが引用します。

 ある日、釈尊は、コーサンビーに近いガンジス河のほとりにある木の下に座っておられました。

500人もの比丘たちが釈迦の傍に侍っていました。

釈迦は、大きな丸太が激流に流されるのを見て、その丸太を指し示して云いました。

「比丘たちよ。河の流れに運ばれる大きな丸太を見ましたか。」
 
比丘たちは答えました。

「はい、お釈迦さま。見ています。」
  1. 2013/11/24(日) 15:03:20|
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感応寺(その百三十五)

「パーリ語経典增支部第6集第55経」にも、弾琴喩という類話が載っています。

釈迦が、弟子の二十億耳尊者に、琴を弾くとき弦は、締め過ぎても、緩め過ぎても、いい音は出ない、程よく締められてこそいい音が出る、修行もそうあるべきだと諭します。

そして、「平常心こそが道であり、念ずる心は緊張しすぎても、また弛緩しすぎてもよくない。中道を維持し、心身を適度、適切に調整し、急ぎもせず遅れもせず、早くもなく遅くもなく」と説いています。

同様の説話は,雑阿含経にもあります。

そこでは、釈迦は「平等」という言葉を使って、中道を説明しています。
  1. 2013/11/24(日) 06:23:09|
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感応寺(その百三十四)

 パーリ語経典の律蔵・犍度・大品(マハーヴァッガ)には、中道について次のような説話が掲げられています。

釈尊が、マガダ国の都王舍城のほとりの霊鷲山に滞在していた折。近くの淋 しい森では、ソーナ(守篭那)という一人の比丘が修行を続けていました。

彼の修行ぶりは、大変激しいものでしたが、なかなか悟りを得ることができませんでした。

ソーナは、悩み苦しみ、この道を捨てて世俗の生活に還ることも考えるようになりました。

釈迦は、彼の心の迷いを知って、彼を訪れ、その心境を質しました。彼は、あるがままに、その思うところを打ち明けました。

釈迦はは、彼が、以前、琴を弾くことが上手であったことを思い出し、

「ソーナよ、琴を弾くにはあまり絃を強く張ってはよい音は出ないであろう、また、絃の張りが弱すぎてもよい音は出ないであろう。

ソーナよ、仏道の修行も、まさにそれと同じであり、刻苦に過ぎては、心たかぶって静かなることが出来ず。弛緩に過ぎれば、また懈怠におもむく。ソーナよ、なんじは、琴の音を調える時のようにその中をとらねばならない。」   

中道の教えを説かれたソーナは、それ以後、この『弾琴の喩え』をじっと胸に抱いて、再び修行に励み、ついに悟りの境地に至ることができました。
  1. 2013/11/23(土) 14:28:11|
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感応寺(その百三十三)

ところで、当時のインドで隆盛を極めたバラモン教は、厳格なる戒律によって自由を束縛し、難行苦行を掟とするものでした。

その苦行ぶりは面壁九年の達磨大師によって代表されます。

釈尊は、このバラモン流の苦行に挑戦し、その限界を悟られたのでしょう。

そして、そのような難行苦行は、かえって悟りの妨げになると思われたのです。

そこで、中道という極端に偏らない形での修行を薦められたのです。
  1. 2013/11/23(土) 13:30:59|
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感応寺(その百三十二)

ところで、仏教学の解釈上では、この「中道」という概念が問題になるようです。

しかし、全く門外漢の案山子には、釈迦が苦行の末に辿り着かれた結論は、「肉体が衰えると思考力も失ってしまう、したがって、肉体を極度に苛めたり、断食を続けることはかえって修行の妨げになる。」と悟られたのではないかと思います。

そして、「様々な対象に向かって愛欲快楽を求めること。これは低劣で卑しく世俗的な業」であるから、これは遠ざけなければならない、とされたのは至極尤もなことです。

結局、釈尊は普通の生活をしながら修行に励む事が最善だと、教えられたのではないでしょうか。
  1. 2013/11/22(金) 16:08:23|
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感応寺(その百三十一)

釈尊は、6年間に亙る厳しい苦行の末、遂にその苦行を捨てました。

いくら厳しい苦行を続けても、これでは到底悟りを開くことはできないとして、それまでの苦行から離れたのです。

その時、釈迦は中道を悟ったのだとされています。

釈迦は、その後、中道に基づく修行を続け、仏陀になりました。

釈迦が鹿野苑において五比丘に対して初めての説法を行った際、次のように説いたといわれています。

「比丘たちよ、出家した者はこの2つの極端に近づいてはならない。第1に様々な対象に向かって愛欲快楽を求めること。これは低劣で卑しく世俗的な業であり、尊い道を求める者のすることではない。第2に自らの肉体的消耗を追い求めること。これは苦しく、尊い道を求める真の目的にかなわない。
比丘たちよ、私はそれら両極端を避けた中道をはっきりと悟った。これは人の眼を開き、理解を生じさせ、心の静けさ、優れた智慧、正しい悟り、涅槃のために役立つものである。」
  1. 2013/11/22(金) 11:55:57|
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感応寺(その百三十)

釈尊が「苦」を滅する方法として説かれた「八正道」には、全て「正」の字がついています。

ここでいう「正」とは、もちろん正しいという意味ですが、その正しさの基準とは如何ようなものなのでしょうか。

その基本は、煩悩のために誤った考えやあり方をしないことを指しているのだと思われます。

つまり、釈迦は、人々に妄見や偏見を捨て、心を開いて、対象物と真摯に対峙し、既存の知識や印象に惑わされず、あるがままの事象を探求し、真理を究める態度をとれ、と教えているのです。

正しい事実認識無しに、正しい価値判断は生まれません。

我執の色眼鏡越しに、真理が発見できるはずはありません。

釈迦の教えは、現代の深層心理学に通じる部分を備えています。
  1. 2013/11/21(木) 19:49:19|
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感応寺(その百二十九)

釈迦は、苦を滅する道は、苦から逃れようと足掻くことではなく、苦を正面から見据えて、それと正しく対峙することだと伝えたかったのだと思われます。

釈迦は、正しく物事を見据え、正しい思考を行い、正しく語り、正しい行為をし、正しい生活を営み、正しい努力を行い、正しく念じ、正しい心構えを持つことだけが、苦を滅する唯一の方法だと説かれたのです。

釈迦は、この世は諸行無常であると断じ、人間が必ず移ろうものを不変なものと錯覚して、それに執着することを厳に戒めているのです。
  1. 2013/11/21(木) 06:41:26|
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感応寺(その百二十八)

釈迦が、苦を滅する方法として示した「八正道」とは、正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定です。

まず、正見とは、偏見を退け、中道の見方をすることをいいます。

次に、正思とは、真理に基づき物事を考えることです。

正語とは、常に真理に合った言葉遣いをすることをいいます。

正行しとは、仏の戒めにかなった正しい行いをすることです。

正命とは、生活に必要な資材を正しく求めることです。

正精進とは、自己の使命に対して、正しく励むことをいいます。

正念とは、心を恒に真理の方向へ向けることをいいます。

最後に、正定とは、心の状態が真理にかなった正しい状態に定まっていることです。
  1. 2013/11/20(水) 13:35:21|
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感応寺(その百二十七)

釈迦は、初転法輪から入滅まで、一貫して四諦の教えを説き続けました。

釈迦は、その人生の真理を教えることによって、人々を苦悩から救おうと試みました。

釈迦は言います。
「人生は苦であることを諦(さと)れ。」

諦は仏教では悟りを意味する言葉です。

釈迦は続けます。
「人生苦にも必ず原因がある。その原因を探求し、それをはっきり諦(さと)れ。」

集というのは、「原因」という意味です。

釈迦は、苦の原因は、人々の心の持ち方にある、そのことを悟れと教えているのです。

そして、その心の持ち方を変えることによって、苦悩は必ず消滅すると諭しています。

さらに、釈迦は、苦を滅する方法として、八つの道を示しました。

それは、「八正道(はっしょうどう)」と呼ばれています。
  1. 2013/11/20(水) 01:49:10|
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感応寺(その百二十六)

四諦とは、釈迦が悟りに至る道筋を説明するために、現実の様相とそれを解決する方法論をまとめたものです。

苦集滅道の4つに分かれています。

苦諦は、苦を仕方ないと諦めることです。

集諦とは、苦の原因を知って諦めるという意味です

滅諦とは、苦の滅を諦めるということです。

道諦とは、苦の滅を実現する道を諦めるという意味です。
  1. 2013/11/19(火) 15:46:11|
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感応寺(その百二十五)

前述した毒矢の例えにも似て、現実に苦悩の矢を受けて苦しんでいる人々を前にして、霊魂は永遠であるかどうか、世界は常住であるかどうか等の高邁な議論を闘わして何の役に立つのか。

先決すべきは、苦悩の解決ではないのか。

釈迦は、心底からそう思われたに違いありません。

そこで、釈迦は、四諦(したい)の教えを示しました。
  1. 2013/11/19(火) 15:25:32|
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感応寺(その百二十四)

釈迦は、人生の苦悩を解決するために、直接役立たない形而上学的命題についての質問には解答を与えませんでした。

釈迦は、他の思想家や宗教者たちからの、世界の常・無常、有限・無限、霊魂と身体との同異、死後の生存の有無等の質問には、黙して回答を拒みました。

論理を重んじる釈迦にとって、当時のバラモン教に代表される神秘性は、厭わしいものだったのでしょう。

彼が、輪廻転生について語らなかったのは当然の仕儀といえます。

現に活きている人々の心の病を探る精神科医である釈迦にとって、前世も来世も眼中にはなかったに違いありません。

釈迦は偉大な論理家であり哲学者であり、同時に実践的なセラピストでもありました。
  1. 2013/11/19(火) 11:01:50|
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感応寺(その百二十三)

では、釈迦は、輪廻転生については、どのような態度をとったのでしょうか。

釈迦は、このような形而上学的論議には一切係わらず、「無記」という立場を貫きました。

「無記」とは無回答と言う意味合いです。

このことは前にも触れました。

ところで、無記と言えば、一般的には十難無記のことを指します。

十難無記
1、世有常・・・この世は永遠か
2、世無有常・・・この世は永遠でないか
3、世有底・・・この世は有限か
4、世無底・・・この世は無限か
5、命即是身・・・魂と身体は同じか
6、命異身異・・・魂と身体は別物か
7、如来終・・・如来は死後存在しないか
8、如来不終・・・如来は死後存在するか
9、如来終不終・・・如来は死後存在し、かつ存在しないのか
10、如来亦非終非不終・・・如来は死後存在せず、かつしないでもないか
  1. 2013/11/18(月) 20:29:02|
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感応寺(その百二十二)

十二縁起は、現世の苦とその原因を12項の原因と結果の因果系列で捉えた縁起説だといわれています。

十二縁起は、部派仏教の中で整理体系化されました。

部派仏教の説一切有部では、輪廻転生説に基づいて、「三世両重の因果」という考え方をとっています。

三世両重(さんぜりょうじゅう)の因果とは、過去世、現在世、未来世の三世にわたる二重の因果という意味です。

つまり、過去世の原因により現在世の結果が決定され、現在世の原因が未来世の結果を生むという二重の因果が存在すると説いているのです。
  1. 2013/11/18(月) 09:57:03|
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感応寺(その百二十一)

無明とは、迷いのことで、十二因縁の根源に無明が置かれています

行とは、意識を生ずる「意志作用」「志向作用」のことをいいます。

識とは、 識別作用であり、名色とは、肉体と心のことを指します。

また、六処とは、六つの感覚器官、すなわち眼耳鼻舌身意のことをいいます。

触とは、六つの感覚器官に、それぞれの感受対象が触れることです。

受とは感受作用で、愛とは渇愛、取は執着を表します。

有は 存在、生は生まれること、老死とは老いと死のことを指します。
  1. 2013/11/17(日) 20:18:50|
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感応寺(その百二十)

 目新しい仏語がたくさん現れましたので、執りあえず、ここで整理をしておきます。

釈迦は、人間の苦悩が如何に成立するかを考察し、その原因を十二の項目に分類しました。

いわゆる「十二因縁」と呼ばれるものです。

『阿含経』によると、釈迦は悟りを開いた後に、自らの苦を解決する道が正しかったかどうか、この十二支によって確認したとされています。

無明(むみょう)⇔2.行(ぎょう)⇔3.識(しき)⇔4.名色(みょうしき)⇔5.六処(ろくしょ)⇔6.触(そく)⇔7.受(じゅ)⇔8.愛(あい)⇔9.取(しゅ)⇔10.有(う)⇔11.生(しょう)⇔12.老死(ろうし)
  1. 2013/11/17(日) 17:54:14|
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